この島のかたすみで

Category Living

島の男はタフであれ

大島では、男はタフにならないと生きてはいけない。島の男には避けて通れない道がある。『草刈り』がそのひとつだ。

「ふう、伸びたな・・・」

梅雨明けの朝、洗濯ものを干しながら私は庭を見渡してため息をついた。伸びたのは私のあごひげだけでなく、庭の雑草もまた連日の雨と強い陽射しをたっぷりと吸収して野放図に伸びている。いい加減このままでは、まずい。雑草が庭を浸食してくると蚊が増えるし、マムシを踏んでしまう危険もある。そして何より気になるのがご近所の目だ。

「ぽとり」

思わず心が乱れ、手にしていた娘のワンピースを取り落としてしまった。私はそれを緩慢な動きで拾い上げ泥をはたく。イチゴ柄のワンピースを洗濯バサミで留めながら私は今日こそ草刈りを決行するのだと静かな闘志を燃やした。草刈りは、男の仕事なのだ。ちなみに、島でいうところの「草刈り」とは鎌や手での作業ではなくエンジン式の刈払機を使った草刈りを一般的に意味する。

つなぎと長靴という戦闘服に身を包み、私は強い陽射しが降り注ぐ7月の空の下へと飛び出していった。すでに私は、雑草という巨大な悪と戦う勇敢な戦士と化している。「目の前に立ちふさがる草どもはすべてこの俺が刈り倒す」。時には荒れた原野を切り拓いて突き進む冒険者にもなる。

「道は、俺が作る」。このようなイメージ操作によって夏の日の草刈りという重労働を楽しいゲームへと変換するのだ。

まず私はかび臭い物置の中へ突進し、ほこりをかぶった刈払機を引っ張り出した。燃料をタンクいっぱいに注ぎ、エンジンスターターを勢いよく引っ張る。

「ブルルルン・・・!」

よし、一発でかかった。刈払機のエンジン音は男を鼓舞するファンファーレだ。ハートに火が付いた。「さぁ草ども、刈られる覚悟はできているかあ!」。愛機の吊りバンドを肩に斜め掛けして、私は雄叫びをあげつつ家の西側の戦場へと歩を進めた。すでに額には汗が光っている。

このエリアには敷石や浄化槽の機械などがあり、作業には細心の注意を払う必要がある。石のまわりや塀際の草は、無理に刈ろうとすると刃をアスファルトにぶつけて欠いてしまうので、ほどほどに刈って速やかに次へと移行していく。クールになって戦況を判断し自重するのも男のいさぎよさなのだ。

こうして家の周囲の草刈りをほどほどに終えた私は、いよいよ「メインディッシュ」とも呼ぶべき、庭の草深いエリアへと戦場を移した。広い空間に草がぼーぼーに伸びているエリアでは細かいマシン操作に気を使う必要もなく、刈払機を文字通りブン回して草を刈り倒すことができるので爽快感が高い。

舌なめずりをして「メインディッシュ」に食らいついた私は、あまりの快楽に思わず我を忘れそうになる。刈る。刈る。刈る。長い草たちがばっさばっさと地面にひれ伏していく。もはや目の前の草と刈払機の刃先しか目に映らない。このような状態をクサカリーズ・ハイと呼ぶ。こうして草刈りの快楽に溺れていた私だが、何かが意識の奥で警告を鳴らしているような気がしてふと我に返った。

・・・そうだ!洗濯機の第2回転目をスタートさせてそれっきりにしていたではないか。まずい、早く洗濯物を取り出さないとしわになるし臭くなる。そして早く干さないと陽がかげってきて乾かないぞ。

私は刈払機を放り投げると一目散に洗濯機めがけて走り出した。蒸し暑い空気に刈られた草の青い香りが広がっている。

※フリーペーパー「12class」第25号掲載記事より

KJ writer
KJ
 

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